カンボジアで小さな食堂を家族で経営するアラフォー社長の日記

カンボジアで小さな食堂をカンボジア人の妻と3歳の息子に支えられて経営しています。

コロナ渦でのお店の経営の経過(後半)

前半からの続き。

2台目のオーブンを稼働させたが、ピッツァのスタッフを育成する必要があった。

ちょうどその時に義理の姉の夫(しかし、若い夫なので私より若い)がバンコクの出稼ぎから帰ってきた。

プノンペンでの就職を手伝うことになったが、結局、うちで働くことになった。

しかし、これがよかった。

なんとピッツァがちゃんと理解でき、ちゃんと作れるのである。

ホテルのブッフェと聞いていたので、あまり期待していなかったが、よくよく聞くと、ホテルの前はイタリアンの窯焼きのピッツァのお店で働いていたとのこと。

ありがたい。

いいやん!作ってもらうとばっちりである。

彼を中心にピッツァを改善することにした。

彼を基本にして、指導ができたので、自分の思うところを伝えることが容易になった。

お客さんからの評判も上々。

前よりよくなったとの声も聞いた。

そんな中、7月中頃にピッツァの大手のお店が複数同時期にオープンした。

分母が減っている状態である。

7月後半から売り上げが半減した。

うちは経営が軌道に乗り出したのが2019年くらいから。

コロナ前くらいからマイナスを取り消し、借金の返済をしながらでも貯金ができるようになってきた矢先のコロナだったので、内部留保もなかったのだ。

コロナはなんとかぎりぎりやり過ごせたが、ぎりぎりから回復に向かうところだったので、貯蓄がないので、売り上げ半減すれば、それだけでジェンガのように崩れるのである。

一度は、ビジネスを売ることまで考えたができることをやりきってからやめようと思った。

プロモーションを毎日実施したり、メニューを見やすく、写真を載せるようにしたり。

小さいことも含めていろいろやった。

ちょうど改善したい部分でもあったので、実はちょうどよかったのかもしれない。

なんとかかんとか、回復の軌道にのってきた。9月10月と順調に回復し、現在に至る。しかし、今は今で新たな問題に直面している。

人生は本当に人生ゲームみたいや。

だいぶと割愛したが、ここまでにもかなりの人のサポート、支援、応援をいただいた。

一人ではこうはいかなかった。

本当に私は人運がいい。

不安や課題はまだまだ山ほどあるが、いっぺんにはできないし、鈍足の私には急ごうとすれば、大事なことを見失いがちである。

3歩進んで2歩下がる感じで、今日もバタバタ生きている。

今日も感謝。