カンボジアで小さな食堂を家族で経営するアラフォー社長のリバ剣日記

カンボジアで小さな食堂をカンボジア人の妻と3歳の息子に支えられて経営しています。

レベル1から始めた海外移住と経営②

シリーズ化とか言っておきながら長いこと忘れていた。

前回は海外での出店の話しをもらって無謀にも行くことを決めたところだっけか。

今でも、英語もできへん。

海外経験もほぼ0。

 

ただ、当時の私の状態はちょっと異常だった。

だから優しい当時の社長はカンボジアで切り替えてリフレッシュしてきてほしいという思いもあったと本人からも聞いていた。

どうおかしかったのか。

そもそもの考え方や働き方の問題だったと思う。

当時は自分はがんばったらできる!という理論なしのただの根性論者だったと今でも思う。

会社ではなく、自分で選んで、休みも取らず、毎日エナジードリンクを3本くらいは普通に飲みながら、身体に鞭打って仕事をしていた。

自分が職場で足を引っ張ているという自覚もあったし、未経験からの転職組、加えて生来のどんくささもあって、劣等感の塊だった。

だから、量をやらねばという思い込みもあった。

今、思えば必要な道程だったのか、間違った努力で道を踏み外していたのかはわからない。

しかし、おかしくなっていた。

昼間に突然、急激な眠気が襲う。

会議中もくらったとする。

信号待ちで眠ってしまい、追突事故を起こす。

その他、危ない運転も何度かある。

当たり前である。

毎日、午前様で誰より早く出社していた。

さらに当時はわかっていなかったからだが、エナジードリンク(強いやつ)を3本以上、毎日飲んでいた。

毎晩、2-3回は睡眠中に目が覚める。

自律神経失調症とうつだったと思う。

心療内科にも通った。

社長も専務も今思えばブレーキかけようとしてくれていたと思う。

しかし、結果が出ていなかったことと、人一倍劣等感が強かった私は聞こえていなかった。

今も休みを取ることもあまりなく働いているが、適度にさぼったりして、休むようにしている。

現場にもきちんと休みを取るようにしている。

最悪、店を閉めればいいと思っている。

しかし、当時の自分は本当に盲目状態だった。

そんなこんなのおかしな状態でカンボジアに来た。

次回はカンボジアに来てから、お店立ち上げ、開店までくらい。

ぼちぼち忘備録として書いていきます。

今日も感謝。