カンボジアで小さな食堂を家族で経営するアラフォー社長の日記

カンボジアで小さな食堂をカンボジア人の妻と3歳の息子に支えられて経営しています。

息子が初めて縫ったよ。

息子が初めておでこから出血した。

近所に日曜日も開いてる診療所があるので、そこに行く。

かかりつけ医は日曜日が休みなので。

初めて縫った。

めちゃめちゃ泣き叫ぶ。

夫婦で息子を抑え込む。

見てるこちらが痛い。。。

2日後の火曜日に改めて来院することになった。

もらった薬はいつものように吐く。

最近、思ったが薬に拒否反応があるように感じる。

大概の薬は嫌がる。

無理に飲ませてもえずいて吐き戻す。

私は無理に飲む必要はないと思う。

けがも病気も私たちの身体には治す力があるからだ。

心配はもちろんしている。

しかし、必要以上に心配しても物事は進まない。

息子が縫ってる箇所を触らないように気を付けるくらいしかできることはない。。。

そうは言っても傷口を縫う作業を見るのって怖いわ。。。

 

 

換気扇と電気の問題その後、サービススタッフの新規採用。

換気扇はしっかり効いてる。

前より、しっかり効いてる。

メンテナンスも4か月に1回、やってもらうことになった。

電気はちょうど、今、私の後ろでやってくれている。

これが完了すればとりあえずは完了。

これで、電気のブレーカーが落ちることがなくなれば基本的にこれで解決である。

祈るばかりだ。

そして、現在、サービススタッフの新規採用活動中である。

妻を現場業務から外れてもらうためだ。

妻は忙しい。

残念な夫といたずら盛りの3歳児。

そして、3歳児の面倒を見てくれてた義理の姉が今月いっぱいで辞めることになった。

妻ははじめは「あたしやれるもん!」的な感じで自分が全部やると言い張っていた。

いい加減、休んでほしい。

抱え込むくせがあるので、それが悪循環を生んでいた。

責任感が強すぎるのだ。

いいところでもあるが、悪いところでもある。

お店を成長させるために現場から離れる必要がある。

心の休息のために離れる必要がある。

もちろん、業者との連携や、相談役として、経営にはかかわってもらう。

無理のない範囲で手伝ってもらえればと思う。

妻には感謝しかない。

残念な夫で申し訳ないといつも思う。

ということで新しくフルタイムスタッフを新規採用します。

現場としても経営者側から見てもお客さんの立場から見てもそれが一番いいと思う。

今日も感謝。

 

 

換気扇の取り換え工事と我が家の電気問題。

お店の一番重要な暑さ対策の要の換気扇が先日、壊れた。

その件でも妻とあーだこーだ口論になったが、もともと、いろいろお世話になってた鉄の業者さんのつてで、今日の午後、工事が完了。

多分、前よりよくなったし、メンテナンスのことも話しができたのでよかった。

今回は第一段階で換気口の清掃、様子観察等、これで終わりではない。

がひとまずは安心だ。

そして、昨夜から我が家のブレーカーが上がらない。

これも妻のつてで信頼できるフリーの業者さんに診てもらう。

我が家はお店の隣で、2台目のピッツァオーブンや、ストック用の冷蔵庫があったりするので、重要なのだ。

また、お店の電力が足りないので、2階のエアコンはうちから電気をい引っ張ってきている。

今日のところは営業できるようにオーブンや冷蔵庫を稼働できるようにしてもらった。

ぶっちゃけ、はじめは親戚がやってくれたので、素人仕事だったようで、業者の彼からすれば、よーこれでやってたなというあきれ顔だった。

だよね。。。

今日できる範囲でやってもらったが、家の半分はまだ。

ということで、2階のエアコンの電気の復旧ができていないことに気づく。

気づいていたとしても時間の問題でむりだったであろう。

明日か明後日に改めて来てくれるとのこと。

ありがたい話しなのである。

日本の常識で言うとちゃんとやれやってなるが、カンボジアではこんなけちゃんとやってくれてることの方がありがたい。

時間を割いてきてくれてるので文句など、あろうはずがない。

今日はお客さんには2階のエアコンがないことを正直に伝える。

換気扇がしっかり効いてくれればなんとかなるのではと淡い期待を抱き、夜の営業に臨む。

どうにかなりますように。。。

今日も感謝。

妻と話し合いをしたよ。

今朝、妻と話し合いをした。

子ども2人目を作るかどうかだ。

実際問題はお金のことになる。

今でなく、将来の教育費。

日本より、全然お金かかる。

そして、お義母さんとお義父さんも高齢である。

のちのち介護が必要になったり病院に行く必要が出てくるだろう。

だいたいこういうときに8割がた、うちが負担している。

確実にそういう場面も想定する必要がある。

日本の両親のことも心配だ。

カンボジアという国で2人以上を子を持つ意味は親が高齢になったときの負担の軽減にもなるから確かに必要なのではある。

日本のように社会保障などない。

妻の言い分もわかる。

この2年でどうするか決めようということでまとまった。

あとは仕事のこと。

妻が頑張りすぎる傾向がある。

完璧主義故だが、そのため、こなしきれず、ミスが多くなっている。

仕事を減らす意味でも新しくスタッフを採用する。

コーチングと状況を見守る相談役のようなポジションでいてほしいとこれも承諾を得た。

妻が店に出なければ、お店が成り立たないのであれば将来はない。

今でなく、一緒に将来を見据えて歩きたい。

お金に余裕がなくなると周りが見えなくなる。

心の余裕もなくなる。

挑戦もできなくなってくる。

それは痛い目を見て、これまで経験してきた。

挑戦しながら歩みを続けたい。

今日も感謝。

いろいろしんどくなるときもあるよ。

生きてるのがしんどくなるときがある。

多分、何割かの人はわかってもらえると思う。

ただ、わかってもらえればいいのかというとそういうことではない。

何度かあるのだが、ここ最近わかったのは自殺の方法とかを調べだすと先に恐怖感や、死後、家族がどういう状況になるのか想像をめぐらせることができるのでとどまることができる。

どっちにしてももともと、生きるということに対しての欲求が弱い。 

家族がなければとうに人生をあきらめてたかもしれない。

特に誰が悪いとかではない。

自分の至らなさと足りなさを悔やみ、へこみ、ここにおらんほうがえーと言う風に考える風潮がある。

いろいろ残念である。

だから妻が悪いとか、子どもが悪いとか誰かのせいとかそういう話しではない。

妄想癖でたちが悪いだけである。

余計に妻にも、もっといいひとおるんちゃうかなとか考えてしまうことがしばしばある。

生きたいという欲求はない。

家族が食べていければいいと思う。

稼ぎが少ない。

私が中学校くらいのころには母から会社が危ないと聞かされていた。

小学校5,6年時にクラスでいじめがあり、それに加担したというか見て見ぬふりした影響からか、中学校のころには人間不信になっていた。

他人との接し方がだんだんとわからくなった。

今でも距離感とか、苦手である。

人間恐怖症ほどではないが、人の多いところにいると辛くなる。

そんなこんなもあり、割と簡単に将来をあきらめた。

特に中学校くらいからほしいものとかだいたいあきらめた。

特に欲求が薄かったというのもある。

別に両親のせいではない。

自分のひん曲がった性格の問題だろう。

それもあってか、大学とかは中学の時から考えることをやめた。

早く、働いて自立したいと考えるようになっていた。

しかし、自分の子どもが勉強したいと思ったときに選択肢が少しはあるくらいの経済力を手にしたいと思う。

しかし、ここはカンボジア

きちんと勉強できる環境はお金が日本よりかかる。

現地のかなりの人は大学なんかいけない。

そう考えると2人目の子どもを作ろうという気には到底なれなかった。

2人目がほしい妻との見解の違いである。

カンボジアでは兄弟みなに学校に行かせるのはお金持ちだけだ。

普通はだれかを優遇して、誰かは学校に行けないとか普通にある。

日本で恵まれた環境で育ててもらった私との価値観の違いである。

私は弱いのだ。

 

 

広告使わない理由。 うちのお客さんにリーチしたいのです。

基本的に広告は使わない。

来てもらったお客さんがお客さんを連れてきてくれないのであればそれはそのお店に友達、家族を連れていくに値しないということを意味すると考えているからだ。(あくまでうちみたいな普段使いの業態の場合)

自分も広告じゃなくて、ご縁の範囲でお店選ぶし。

それと、重要なことはうちのことを知らないお客さんが口コミサイトとか広告とか見て、勝手に他と比較して、あーだこーだと決めつけてくる人が一定数いるからだ。

別にそれが悪いとは思わないけど、うちみたいな小規模で変な個人店向きではないと思う。 うちに来たことある人であーだこーだ言うてくれるのはいいのである。

できる範囲で対処します。できないことはできないと言いますし。

そう。

昨日、ちょっと距離は問題ないけど、道路の渋滞がひどい地区から注文を受けた。

どないかできる範囲だったので、行くことにした。(断るかどうかはどないかなるかどうかです)

配達した。

その後、クレームのボイスメッセージが入った。

クメール語はあんまりわかんないだが、いくらか単語が聞こえた。

多分、ナイロン袋がなかったことだ。

うちは必要ないものは必要ないと割り切っている。

プラスティックの問題というより、不要なゴミを減らしたいという思いだ。

うちのお客さんはそういううちの取り組みを理解してくれる方ばかりなので、むしろ喜んでくれたり、受け取りの際に自分でエコバックを持参してくれたりする。

理解できないという人は去っていく。

それでいい。

100%の満足などない。

店では一応、いるのかどうか聞いている。

回答は半々くらいだろう。

ちなみにたしかに配達に行って、プラスティックバック、もしくは紙袋を使っていないところは少ないと思う。

しかし、考えてみてほしい。

店に取りに来てるわけではない。

自宅まで配達しているのだ。

なぜ、袋がいるのか。

裸ではない。

容器に入れている。ピッツァ箱の上にパスタの容器(これもコンポスタブルなもの)

ソースカップとかまではさすがに全部は無理だけど、極力、不必要にものを増やさないようにしている。

なんなら、ソースのボトルもっていってお客さんにお皿をもってきてほしいくらいだ。

しかし、最近、どうやらTiktokFacebookで知らぬ間に紹介されたらしい。

クメール語で。

多分、それ見て、注文してくれた、一見さんと思われる。

彼女の言い分はこーだ。

プラスティックバッグに入れられてないなんて初めて見たわ。

なんて対応の悪いお店なんですか。

らしい。

私は逆に配達料がたったの1000リエル(30円くらい)で価格も良心的なお店は初めてだ。

まぁ、それはさておき、必要やったら事前に言ってくれれば用意するよ。

うちは基本的にプラスティックバッグを使いたくないからそれが普通です

と伝えて、それで終了である。

返信なし。

それでいい。

うち以外にもお店はたくさんある。

うちがいいと思ってくれる人に届けられればいい。

逆にお客さんが増えすぎて、届けたい人に届けられないとか、迷惑かけるようなことがあれば本末転倒ではないか。

うちのお客さんにリーチできるようにしたい。

全部はできない。

周りと一緒である必要はない。

うちのお店では基本、ストローもつけない。

必要があれば竹ストローか使い捨て、ペーパーストロー、サトウキビから作ったストローの3種類を用意している。

家でジュース飲むのに、ストローは使わない。

お酒飲むときもストローは使わない。

だったらお店で必要あるか?と問われればないと思う。

こういうのが通じなくなるのが、広告とか使って全ての人に届けたいと分に合わないことすると、やはり無理が出る。

結果的に何をしたいのかわからなくなる。

届けたい人に届くように努力する。

それでえーと思う。

全ての人に届ける商売は大手に任せるのが筋だと思う。

うちのお客さんに喜んでもらえるように日々、精進していきたい。

今日も感謝。

 

ないものはない。今ある資金でできること。 妄想を続けること。

ないものはない。

こうしたい、あーしたいと思っても、お金がなければできないことは山のようにある。

今あるお金でなんとかやりくりしながら、コロナも乗り越えながら、やっと貯金できるようになってきた。

こうなってくると、今度はそのお金で必要なことがある。

お店の中の老朽化の修理とか、今のキャパシティでは間に合ってないことがいくらかあるので、その辺の課題克服のための投資。

最優先事項は2つ。

一つは大型換気扇の洗浄というか修理というか、新調になると思う。

なんか隙間ができているのか、微妙に油が見える。。。

もう8年。

当然ですわな。。。

3年前に貯金できるかなーというところにやっと来たと思った矢先にコロナ。

ていうか換気の改善はずっと課題やった。

そして、事故が怖いのでやり替えしたいなーとはずっと思ってた。

しかし、お金がない。

しかし、やっとそれくらいはできそうになってきた。

残念社長である。

あと、もう一つはピッツァ場同様、パスタ場の生産性の向上。

具体的にはもう一つ、パスタ場を作ること。

これも踏まえて、全体的なキッチンの構造の見直しがいるよねーと考えている今日このごろ。

コロナ中に改善できる部分はけっこう改善できたので、今、しっかり結果が出てきている。

おかげで売り上げは過去最高を記録したりして好調だ。

しかし、コスト高があるので、利益はというと値上げもちょっとしたけど、コロナ前の利益率よりは下がる。

それでも地元産をメインに扱っているのでそこまで大きく下げたわけではないので、なんとかなるかとは思ってる。

問題は想定より、ピッツァ以上にパスタが好評で、パスタの注文が地獄のように同じ時間帯にかぶるとめっちゃ待たせる。

この間も常連さんの一人が持ち帰りで店に来てくれていたが、見るからに怒ってて、気が重かった。。。

その日はスタッフも足りない日で完全にパニック状態だったので、完全に修羅場だった。。。

現場の負担もかなりのものになっているように感じるので、パスタ場を2つ作れたらいいのかなと思ったりしている。

こうやって妄想を続けているとだんだん固まってきて、えーからやってみよかと開きなることができる。

ビビりの私も最後は開き直りが肝心であると心得ている。

やりながら修正していけばいい。

最悪、やめればいい。

現場の子は振り回されるけどね。。。

長く勤めてる子は、なんやかんやで、昔より、だんだんとよくなっていることを実感してくれてるから続けてくれてるんやと思ってる。

今日より明日、来月、来年。

ちょっとずつでいいから歩みを進めていきたい。

今日も感謝。