カンボジアで小さな食堂を家族で経営するアラフォー社長の日記

カンボジアで小さな食堂をカンボジア人の妻と3歳の息子に支えられて経営しています。

学校教育における守破離(主観です)

基本的に学校教育における守破離は守である。

守破離の破と離はあくまで、自分次第である。

数学なんかは考え方を学ぶ学問であると考える。

数学的な思考がなくては答えを導き出すことができない。

個人的には算数で十分とは思っている。

でも数学までやってることで、算数が深くなるように感じる。

何事もその先に行くことで、過去の学びの意味が深まってくると思う。

あくまで、私の主観である。

歴史を学ぶ意義、国語を学ぶ意義、数学を学ぶ意義、化学、生物、理科を学ぶ意義。

何事も基礎がわかってないと応用ができない。

対応もできない。

そして、人生において、破にたどり着ける人は多数いても、離にたどり着ける人は少ないのではないだろうか。

いろいろ書いたが、結局は生かすも殺すも自分次第である。

学ぶことの重要性やおもしろさがわかってくるのは大人になって、あーだこーだ、悩み、考え、実践し、後悔し、いろいろ乗り越えて、実践を続けることを積み上げてきた人の人生はおもしろい。

もちろん大変でしんどいし、きついときもあるけど、同時に刺激的でおもしろい人生になると思う。

なんとなく、学校教育の是非について友人と話す機会が先日あったので、んーとなんて言うたらえーんかなーってもやっとしてたので、ここに思ってることを書き出してみた次第である。

今日も感謝。