カンボジアで小さな食堂を家族で経営するアラフォー社長のリバ剣日記

カンボジアで小さな食堂をカンボジア人の妻と3歳の息子に支えられて経営しています。

義務教育の学びはおもしろくなくて当たり前。

義務教育は面白くない。と個人的には考える。

なぜなら、義務教育は最低限の学びであり、守破離の守の部分だからだ。

そう考えるようになったのはここ2,3年であるが。。

私は剣道を少し、たしなんでいるが、初心者で興味がある人には必ず、はじめの1年くらいはおもしろくないですよ。 型を身に着けるまではおもしろくない。と伝える。

身体が思うように動くようになることを実感するのに3年くらいかかると思う。

なんにせよ、わかんないことを始めるときはなんでもはじめは退屈なものである。

生涯、勉強という考え方であれば、中学、高校くらいまでの学習は守破離の守の部分であろう。(学校の先生型は公務員経験しかない方が多いのでそれも関係しているとは思う。しかし、講義を作るというのも素人が考える以上に難しいものであることは理解している)

社会人になり、自分で思考し、考えるようになり、破そして離にいたるのではなかろうか。(離に至る人は少数派ではなかろうか)

算数、数学は答えを導き出す思考法のトレーニングだと個人的には考える。(もっと奥深いとは思うが。)足し算、引き算だけではなく、因数分解とか証明問題なんかは結果に対する過程を多角的に考える思考ではないか。

国語を学ぶのは読解力、理解力、相手の考えや自分の考えを読み解くことにも役立つ。

社会、歴史を学ぶのは今の国の在り方、過去に何があったか、から、国の成り立ち、世界の成り立ちを学び、そして今を知る。 原因と結果を実例をもとに学んでいるようなものであろう。

理科は生活においても仕事においても必須だろう。

物質の成り立ち、人体の構成など、理科が勉強してないと意味が分からないので祈祷師さん頼みになってしまう。

天気予報もわからなくなる。

英語は現在、世界で一番ビジネスで使われている言語であろう。

スペイン語、中国語の方が、人口が多いのは間違いない。

しかし、ビジネスという側面だけでみると圧倒的に英語であろう。

中国語圏の方もスペイン語圏の方もフランス語圏の方もビジネスシーンでは英語を用いる。グローバルな視点で見れば、第2、第3の言語で英語を学ぶ人は多い。

シンプルというのも使い勝手がいい。

※私は中学のときの英語学習のおかげで今、カンボジアでぎりぎりやっていけてるといっても過言ではない。

高校以降は優秀な人がもっと専門的に学びを深める場であろうと思う。

だから、勉強してない人でも入れる大学があるというのは個人的には違和感がある。

中学、高校を終え、社会人になり、社会で働きながら、学び続けて、やっと義務教育での学びは何かを少しずつ理解できるようになるのではないかと思う。

そこからは自分の人生の糧となる学びであったり、興味のあることを学んでいくし、基礎があるおかげでその学びができるので、大人になってからの学びはだからおもしろいのであろう。

そんなこんなで日々、学びがあるというのは小、中、高のほぼ無償の義務教育のおかげである。

日本ってありがたいなとカンボジアにて思う。

今日も感謝。