カンボジアで小さな食堂を家族で経営するアラフォー社長の日記

カンボジアで小さな食堂をカンボジア人の妻と3歳の息子に支えられて経営しています。

義姉(妻の姉)が離婚することになったらしい。

妻の姉が昨日、うちに帰ってきた。

妻の姉とは私と妻が結婚してからずっと同居していた。

これはカンボジアの賃金水準が低いので一般的なカンボジア人の労働者の方は一人暮らしとかできないという背景から親族同士で助け合うということが普通なので、義姉と同居とかは普通のことである。

義姉は長女だったからか、義母に厳しく育てられたからなのか、私より年齢は上だが、その夫と出会うまでは独り身だった。

そんな彼女にFB上でタイに出稼ぎで働いていた夫と出会い(あくまでFB上)、結婚を決めた(と聞いてる)。年齢はまだ20代中頃。

いやな予感がしていた。

とはいえタイでの飲食店やホテルで料理で仕事していたので、うちで働いてもらうことになった.

技術的にもバンコクでの経験はさすがだなという感じだったが、人間的に幼い感じは見て取れた。

給与もそのレベルではバンコクと同等の給与は出せないというのが私の答えだった。

また義姉との年齢差も気がかりだった。

あまり、子育てや家族に対してもあまり構う様子も見れなかった。

あるとき、私ともめて、急に退職することになり、うちを離れ、プノンペン郊外にいる彼の親族のところでお世話になっていると聞いた。

そのあと、離婚する云々の話しはあったが、そのときは義姉が子どもを連れて、夫についていくということで収まった。

個人的にはめでたしめでたしかなーと思っていたが、どうやらそうではなかった。

私の悪い予感が当たった形だ。

人間的に幼いのだ。

自分でローカル屋台を始めていたらしい。

しかし、思うような稼ぎにならなかったのだろう。

酒を飲んだり、浮気をしたり。

もともと、そんなに家族をケアする意識に乏しかったので、そのへんは変わらずという感じだったらしい。

そんなこんなで義姉が限界だったとのこと。

先日、妻が義姉を迎えに行った。

今はうちでまた同居する形になった。

いろいろ背景を見ているとなるべくしてこうなったという風に見える。

義姉にとってこの選択が将来的によい選択だったと思えるように願う。

今日も感謝。