カンボジアで小さな食堂を家族で経営するアラフォー社長の日記

カンボジアで小さな食堂をカンボジア人の妻と3歳の息子に支えられて経営しています。

いろいろしんどくなるときもあるよ。

生きてるのがしんどくなるときがある。

多分、何割かの人はわかってもらえると思う。

ただ、わかってもらえればいいのかというとそういうことではない。

何度かあるのだが、ここ最近わかったのは自殺の方法とかを調べだすと先に恐怖感や、死後、家族がどういう状況になるのか想像をめぐらせることができるのでとどまることができる。

どっちにしてももともと、生きるということに対しての欲求が弱い。 

家族がなければとうに人生をあきらめてたかもしれない。

特に誰が悪いとかではない。

自分の至らなさと足りなさを悔やみ、へこみ、ここにおらんほうがえーと言う風に考える風潮がある。

いろいろ残念である。

だから妻が悪いとか、子どもが悪いとか誰かのせいとかそういう話しではない。

妄想癖でたちが悪いだけである。

余計に妻にも、もっといいひとおるんちゃうかなとか考えてしまうことがしばしばある。

生きたいという欲求はない。

家族が食べていければいいと思う。

稼ぎが少ない。

私が中学校くらいのころには母から会社が危ないと聞かされていた。

小学校5,6年時にクラスでいじめがあり、それに加担したというか見て見ぬふりした影響からか、中学校のころには人間不信になっていた。

他人との接し方がだんだんとわからくなった。

今でも距離感とか、苦手である。

人間恐怖症ほどではないが、人の多いところにいると辛くなる。

そんなこんなもあり、割と簡単に将来をあきらめた。

特に中学校くらいからほしいものとかだいたいあきらめた。

特に欲求が薄かったというのもある。

別に両親のせいではない。

自分のひん曲がった性格の問題だろう。

それもあってか、大学とかは中学の時から考えることをやめた。

早く、働いて自立したいと考えるようになっていた。

しかし、自分の子どもが勉強したいと思ったときに選択肢が少しはあるくらいの経済力を手にしたいと思う。

しかし、ここはカンボジア

きちんと勉強できる環境はお金が日本よりかかる。

現地のかなりの人は大学なんかいけない。

そう考えると2人目の子どもを作ろうという気には到底なれなかった。

2人目がほしい妻との見解の違いである。

カンボジアでは兄弟みなに学校に行かせるのはお金持ちだけだ。

普通はだれかを優遇して、誰かは学校に行けないとか普通にある。

日本で恵まれた環境で育ててもらった私との価値観の違いである。

私は弱いのだ。